はるまきさんの記録

自死遺族として考えたことを記録します。

やりきれなさを抱いて生きる

 父の初盆の仏壇の前で正座をしていると、自然と「ばか。」という言葉が出てきます。
 なんで自殺したのでしょう。今まで色んな風に考えてきたように、苦しいこともいっぱいあったと思うし、私はそれに気がつけなかった。その後悔ももちろんある。でも仏壇を前にした時に出てくる言葉は、私の場合、私自身のことを棚に上げたこの二文字です。
 
 最近知り合った方におすすめをいただいて、西加奈子の「さくら」という小説を読んでいました。とても良い小説でした。
 文庫本の裏表紙にあるあらすじの冒頭には、「ヒーローだった兄ちゃんは、二十歳四か月で死んだ。超美形の妹・美貴は、内に籠もった。母は肥満化し、酒に溺れた。僕も実家を離れ、東京の大学に入った。・・・」とありました。
 ネタバレになってしまいますが(このネタバレでこの小説の良さは失われません。)、このあらすじを読んで、自殺だなと私は思いましたが、読んでいくとやっぱり自殺でした。小説の細かな内容には触れませんが、兄ちゃんが自殺をするまでの家族5人の生の幸せとやりきれなさ、そしてその後を丁寧に描いた傑作であると私は感じました。
 
 以下、私の感想、考えごとです。
 
 小説の体裁はたくさんのエピソードの集合体といった形のもので、家族の歴史や思い出を丁寧になぞった、やりきれなさに溢れた小説でした。
 主人公である薫と湯川さんの淡い恋。
 兄ちゃんと矢嶋さんの恋。
 兄ちゃんの人生。
 末の妹ミキのことが好きな同級生による卒業式での独白。
 ミキの恋。
 
 書き出したものが、恋愛におけるやりきれなさばかりで我ながら苦笑いですが(違う部分ももちろんあります。)、この小説はいくつものやりきれなさがありながらも、飼い犬「さくら」が家族を優しく包み込み、悲壮感を感じさせない優しい小説でもありました。
 
 私がこの小説を読みながら考えていたことは、このやりきれなさについて。
 この小説の中にはやりきれないことがたくさんありました。でも、この小説の登場人物たちはそのやりきれなさにきちんと向き合って、自分なりの答えを、それぞれの方法でたどり着いているようでした。
 
 私の人生において、やりきれないと言えることは父の死が初めてでした。父の死に向き合うとはどういうことなのでしょうか。今までに考えてきたように、思い出すこと、考えることを放棄しないなどいろいろとあるように思いますが、このやりきれなさについて考える時、このやりきれなさが、既に私の一部になっていることに気がつくのです。私はもう、父が自殺する前に自分がどんな風に考え、毎日を生きていたのかよくわからなくなっています。また、何もかもが変わってしまったようにも思うのです。変わってしまったのです。それは私にとっての事実であり、そして、このやりきれなさがもはや私の一部であるのなら、父の死はもはや私の一部であると思うのです。
 そんな風に考えてくると、私はこのやりきれなさを遠ざけるのではなくて、これを大切に胸に抱いて生きていきたいと思います。残念ではありますが、これはもはや私自身を表す一つの事象であり、今の私を形作るものでもあるのです。そうであるならば、私はこのやりきれなさを愛していきたい。
 
 もう一つ考えたことは、父が自殺したことへの過剰な着目は父に対してフェアではないのかもしれない、ということです。
 なぜそんな風に考えるようになったか。「さくら」の中で兄ちゃんは自殺をしてしまうわけですが、自殺したこと自体への言及はごく僅かです。その一方で、兄ちゃんと過ごした月日のことや、兄ちゃんの生きる喜びと悲しみ、兄ちゃんが生きた記録に溢れています。
 なんだか私は、大切なことを忘れてしまっていたような気がしました。父と過ごした人生の記憶、楽しかったこと、悲しかったこと、後悔、色んなものがあるのかもしれませんが、一緒に生きてきた記憶の方が時間的な意味でも私の記憶としても、大切なものであるはずで、それがあったからこそ、最後の1日が大きな意味を持っているわけですが、そのことがやはり大事であると思うのです。
 
 最後に、兄ちゃんのことが大好きな妹ミキの言葉を。(以下引用。)
 
 「うちな、」
 ミキの声は、揺れる車に合わせて震えている。
 「うち、もし、好きな人出来たらな、」
 ミキは、あふれ出す涙のように、今度は言葉を吐き出した。悲しさ、恋しさ、憎しみ、孤独感、妬み、小さな頃音を立てて僕らに伝えたそれを、ミキは今、言葉に乗せて吐き出す。
 「好きやって、言う。迷わんと言う。あんな、好きやて言う。だってな、その人、いつまでおれるか分らんやろ? いつまでおれるか分からん、な。好きやったら、好きって言う。そんでな、そんで、その人もうちのこと好きやったらな、ありがとうって言ってな、それで、セックスする。セックス。お母さん言うとったやろ? 好きな人のおちんちんは、全然汚なないって、な? うち、セックスいっぱいする。そんでな、うちの中の赤ちゃんの素とな、その人の赤ちゃんの素をひとつにする。な、そう言うとったやろ? お母さん。
(略)